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仙台高等裁判所秋田支部 昭和56年(ネ)18号 判決

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(控訴人ら)

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、

1 控訴人佐々木良一に対し、金三二二七万五一六四円およびこれに対する昭和五四年一一月一六日から支払いずみまで年五分の割合による金員を、

2 控訴人佐々木百合に対し、金三三〇万円およびこれに対する昭和五四年一一月一六日から支払いずみまで年五分の割合による金員を、

それぞれ支払え。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四  仮執行宣言

(被控訴人)

一  主文同旨

二  仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張および証拠

当事者双方の主張および証拠の関係は、左のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人)

一  主張

1 本件事故の発生した交差点に至る訴外藤田勝美(以下「訴外藤田」という。)進行の道路は、右交差点の手前約二五〇メートルの地点までは幅員約三・四メートルであるが、その後幅員が約五・五メートル、交差点附近では六・七メートルと次第に広くなる平担なアスフアルト舗装道路であり、右道路の一般運転者としては、右交差点で右道路を優先道路と勘違いする可能性のある状況にあり、また、見通しの悪い交差点で徐行義務を怠る車両はあるのであるから、訴外藤田の進行道路に一時停止の標識がないと、一般運転者に期待される通常の注意義務だけでは本件の如き交差点内の事故発生の可能性が十分ある場所であつた。このことは、右交差点に、その後一時停止標識では足りず、信号機が設置されたことからも十分裏付けられる。

そして、訴外藤田も、同人の進行道路に一時停止標識が欠落していたため、右道路の状況から右交差点で自車の進行道路を優先道路と勘違いし、このため徐行義務を怠つて本件事故を惹起させてしまつたものである。

よつて、訴外藤田の進行道路の右交差点入口に一時停止の標識が欠落していたことと本件事故の発生との間には相当因果関係があるとみるべきである。

2(一) 秋田県公安委員会が一時停止標識設置の指定をなす基準は、

(1) 見通しの悪い交差点

(2) 幹線道路に接続する従道路

(3) 出合頭事故等が発生し、またはそのおそれがある場所

(4) 優先関係を明らかにする必要がある交差点

について、交通量、危険性を総合的に判断してなすものとされている(甲第一九号証)。

本件事故の発生した交差点は右(1)ないし(4)に該当するものであり、右交差点には昭和四八年五月七日一時停止標識が設置されたものである。

(二) 秋田県公安委員会が右交差点に一時停止標識を設置したことは、右標識が不存在の場合、右交差点においては本件事故のような衝突事故の発生が当然に予想されたからにほかならず、本件事故は秋田県公安委員会および所管警察署によつて充分予見し得た事故であるから、訴外藤田の過失に拘らず、秋田県公安委員会の一時停止標識欠落という過失行為と本件事故との間には相当因果関係があるというべきである。

二  証拠〔略〕

(被控訴人)

一1  控訴人らの前記主張中2(一)は認め、訴外藤田進行道路の一時停止標識の欠落と本件事故との間に相当因果関係があるとの主張は争う。

2  一旦設置された一時停止標識が本件事故時のように一時欠落していたとしても、交差点の通過方法に関しては厳格な道路交通法上の徐行義務が存在しているのであり、この義務やその他同法上の規制によつて道路交通の秩序と安全は保持されている。とくに本件事故の発生した交差点は大都会の交通頻繁な交差点とは交通事情が全然異なる。

右のような道路事情の下で右のような道交法上の規制が存在すれば通常は交通事故は発生しないものであり、「その規制の不遵守運転者の出現」という異常事態の発生によつて事故が発生するのである。

右法違反行為者、法無視行為者の発生させた交通事故について、すべて道路管理者とか道路標識設置管理者の責任であると認識するのであれば、彼らの責任の範囲が無限に拡大することは必至であり、法がかかる無限定な賠償責任を肯定するとは到底考えられない。

二  甲第一九号証の成立は認め、同第二〇ないし第二四号証(枝番を含む)の各成立は不知。

理由

一  控訴人佐々木良一(以下「控訴人良一」という。)は昭和五二年六月二六日午後五時一五分ころ、秋田県横手市赤川字村の前二九番二号先の県道横手大森大内線と県道金沢吉田柳田線の交差点(以下「本件交差点」という。)を、田根森方向から横手方向に向かい普通貨物自動車を運転して進行中、折から境町方向から旭町方向に向け同交差点に進入してきた訴外藤田運転の普通乗用自動車に自車左前側部に衝突され、その結果、脳挫傷、頭蓋骨骨折、左急性硬膜外血腫の傷害を受けた(以下「本件事故」という。)ことは当事者間に争いがない。

二  そこで被控訴人の責任について検討する。

1  本件事故の際、訴外藤田が進行していた県道金沢吉田柳田線(以下「藤田進行道路」という。)は被控訴人の設置管理にかかる公の営造物であり、また藤田進行道路の本件交差点入口には、以前秋田県公安委員会の設置管理にかかる公の営造物たる一時停止標識が存在していたこと、ところが本件事故時には右標識が存在しなかつたこと、本件事故の際訴外藤田が本件交差点入口で一時停止をせず時速五〇キロメートルで右交差点に進入したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  そこで、右一時停止標識が本件事故当時存在しなかつたことが被控訴人の藤田進行道路の設置もしくは管理の瑕疵、または、被控訴人の機関たる秋田県公安委員会の右道路標識の設置もしくは管理の瑕疵といえるか否かの点はさておき、右一時停止標識の不存在と本件事故の発生との間に相当因果関係があるか否かについて判断する。

藤田進行道路および本件交差点の状況について、並びに本件事故の際の訴外藤田の運転状況についての当裁判所の認定も、原審の右各点についての認定(原判決一一枚目裏一行目から一三枚目表二行目まで)と同一であるから、これを引用する。

右認定事実によると、藤田進行道路を境町方面から走行してきて幅六メートルの橋を越えた地点(成立に争いのない乙第二号証によると同地点は本件交差点の手前約二二〇メートルの地点であると認められる。)に至れば、前方の本件交差点附近に建物が建ち並んでいることを十分見通すことができるのであるから、自動車運転者としては、同附近に接近するにあたり、交差道路の存在等に備え減速するなど十分の注意を払うべきであり、更に、訴外藤田は、本件交差点の手前約五〇メートルの地点で同交差点の存在に気付き、同交差点の右方の見通しが悪いことを認識したのであるから、一時停止標識がない場合には、自動車運転者として速やかに減速して徐行のうえ(道路交通法四二条一号)左右の安全を確認すべき義務があり、訴外藤田が右注意義務を尽くしていれば控訴人良一の車の発見も早く(成立に争いのない甲第一四号証によれば、訴外藤田が被控訴人良一の車を右斜め前方約一四・八メートルの地点に発見した位置からは、控訴人良一の進行する道路の交差点手前約一八メートルの地点を通行する車を見通すことができることが認められる。)有効な避譲措置を講じることができ、控訴人良一の車との衝突を回避できたことは明らかである。

そして、前記認定の藤田進行道路および本件交差点の状況に、前掲甲第一四号証、原審証人佐々木喜士司、当審証人小峯武司の各証言を併せ考えると、本件交差点で交わる藤田進行道路と控訴人良一が進行していた道路とは、いずれもアスフアルト舗装されているが、藤田進行道路が道路交通法上の優先道路でないことは勿論、右交差点附近での右各道路の幅員からみても、また藤田進行道路の境町方面から右交差点附近までの道路状況からみても、境町方面から右交差点に向けて藤田進行道路を進行してくる自動車の運転者が右道路の交差点入口に一時停止標識がない場合自己進行道路を優先道路と誤認し易い状況にはないことが認められ、また、大都会の交通頻繁な交差点と異なり本件交差点のような地方道の交差点において、一般に、見通しのきかない交差点の入口に一時停止標識が存在しないことが自動車運転者に対し自車進行道路が優先道路であるとか、徐行義務が免除されているとかの印象を与えがちであるともいえない(なお秋田県公安委員会のなす交差点の一時停止標識設置の指定は、控訴人ら主張の四つの場所につき道路の交通量、危険性を総合的に判断してなされるものであり、本件交差点は右四つの場所に該当するものであることは当事者間に争いがないが、右事実が直ちに、藤田進行道路の本件交差点入口に一時停止標識が存在しなければ、右道路を右交差点に向けて進行する自動車の運転手に自車進行道路が優先道路であると誤認され易かつたと推認せしめるものとはいえない。)。

そうすると、訴外藤田において、自己進行道路を優先道路と思い込んだことは自動車運転者としては初歩的な判断の誤りをしたもので、同人が右誤りをも一因として徐行義務を怠つて見通しの悪い本件交差点に時速五〇キロメートルという高速度で進入したことは自動車運転者としての基本的な義務に違反したものであつて、その結果本件事故を惹起させたものであるから、訴外藤田には自動車運転者として重大な過失があつたというべきであると同時に、藤田進行道路を境町方面から本件交差点に向け進行してくる自動車運転者が右道路の右交差点入口に一時停止標識が設置されていなければ、通常、訴外藤田と同じように自車進行道路を優先道路と誤認し、それも一因として徐行義務を怠つて本件事故のような事故を発生せしめたであろうとは到底認め難い。従つて、仮りに一時停止標識が存在し、訴外藤田がこれに従つて右交差点入口で一時停止したとすれば、本件事故の発生は回避できたであろうことは推認するに難くないけれども、一時停止の標識が存在しないにしても、本件交差点に入るに際し、右藤田に減速徐行して左右の安全を確認すべき義務があり、右義務を尽しておれば本件事故を回避できたものであり、かつ、藤田進行道路の自動車運転者に右義務が免除されていると誤認させるような状況にあつたともいえないから、右一時停止標識の不存在と本件事故の発生との間には相当因果関係があるということはできない。

なお、本件事故の発生原因に控訴人良一の過失が訴外藤田の前記過失に競合して存在していたとしても、前記一時停止標識の不存在と本件事故の発生との間に相当因果関係がないとの前記判断に影響を及ぼすものではない。

三  右のようにみてくると、国家賠償法二条に基づく控訴人らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却した原判決は正当であつて、本件各控訴は理由がないものとして棄却すべきである。

よつて控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤和男 武藤冬士己 武田多喜子)

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